ほうふの町

時代とともに変わるまち『ほうふ』

ほうふの名前は、飛鳥時代に律令制のもと周防国の国府が置かれたことに由来します。条里制により土地が方格に区切られた跡が、防府平野の北側の広い範囲に残っています。   


防府天満宮の門前市、さらに山陽道の宿場町として宮市(みやいち)は発展しました。この通りには今でも高い建物は少なく、市の史跡に指定されている建物や庭が当時の名残をとどめて保存されており、レトロな雰囲気を醸し出しています。

hofunomachi_hs1.jpg#asset:1517防府天満宮の表参道hofunomachi_hs2.jpg#asset:1519宮市の街並み


ほうふは江戸時代から干拓で土地を拡げ、そこで行われた製塩業は『東の赤穂(あこう)、西の三田尻』と言われるほど有名になりました。その跡地には、昭和40年代から大規模な工場が進出し、西浦(にしのうら)から三田尻港に至る一大工業地帯を形成しています。

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三田尻塩田記念産業公園
hofunomachi_hs4.jpg#asset:1521西浦から三田尻に広がる工業地帯


市の中心にあり桜の名所である桑山(くわのやま)に登れば、防府市内が一望でき、ふるさと防府の全景が見渡せます。

hofunomachi_hs5.jpg#asset:1514桑山からの景色


山と海に囲まれ豊かな自然の中にあるほうふは、古い家と新しい家が新旧渾然一体となってまとまりのある景観を保っています。